やまとなでしこ

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白い世界

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ある旅人が迷い込んだ不思議な白い世界のお話。
約2500字。

最終更新日 2017年10月6日


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そこは深い森だった。酷い吹雪が吹いていて視界は真っ白。そんな中に一人の旅人がいた。 

立っていることさえ辛い吹雪の中を旅人が歩き続けている。もういつから歩いていたのかも忘れた頃、あれだけ酷かった吹雪が突然止んだ。驚いて顔を上げた旅人の目に飛び込んできたのは、真っ白で風も音もない世界だった。いや、よく見てみると細かい雪が漂っているようだ。旅人が足元を見下ろすと足は不思議なとろりとした白の中に吸い込まれている。旅人は少し考えた後、再び歩きだした。 

旅人が右も左もわからなくなるような白い世界の中を歩いていくと、突然目の前に大きな館が現れた。先ほどより視界が開けたのだろうか、全貌を確認できなくともだいぶ大きな館だとわかる。ここで少し休めないだろうか。そう思った旅人は館の扉に手をかけた。恐る恐る引いてみると鍵はかかっておらず簡単に開いた。館の中は外見から想像するより綺麗にみえる。しかし、不思議なことに館の中も白い霧のようなものが立ち込めていて天井さえも霧の中で見えない。可笑しなところに迷い込んでしまったようだ。旅人が服に積もった雪をはらっていると、コツコツと足音が聞こえ、霧の奥から真っ赤な服を着た老婆が現れた。

 「迷子かい。寒かったろう。中へお入り」
 「勝手に入ってしまって、すみません。少し休ませていただきたいのですが」
 「気にしないでいいよ。さあ、ついておいで」

 老婆は朗らかな笑顔で旅人に話しかけ、中へ入るように促した。旅人は進められるまま、館の中へと入っていった。廊下にも霧がたちこめ先が見えないが、老婆は熟知しているらしく、迷うことなく右へ左へと曲がっていく。そして、ある扉の前につくと、旅人にこの部屋で待っているようにと言って去っていってしまった。その部屋は絨毯が敷かれ、ソファと暖炉がある、とても懐かしさを覚える部屋だった。旅人は一人掛けのソファに座って暖炉に手をかざす。パチパチと炎が赤く燃えている。少しすると老婆が両手にマグカップを持って入ってきた。マグカップの中には甘い香りのするホットチョコが入っていた。

 「体が温まるようにまじないをかけておいたから、お飲み」 

そう言って、自らのマグカップに口をつける老婆を見て、旅人はふと、このあたりに魔女が住んでいると噂を聞いたのを思い出した。疑うように老婆を盗み見ると、それに気付いたのか、老婆は柔らかに笑った。 

「ははは、毒なんて入ってないよ。それより、お前さんは道に迷ったんだろう?地図をかいてあげよう。どこへむかっていたんだい?」 
「港町です」 
「そうかい。じゃあ、あそこの山小屋にしよう。今夜は夕食を多く作ってしまうからね」 
「え?」

 旅人が思わず聞き返してしまった声には老婆は返事をせず紙に何かを書いていく。

「本当はね、ここに泊まらせられたらいいんだけれど、難しくてね」
 「いいえ、お気遣いなく」

 旅人は老婆が地図を書いている間、先ほどわたされたホットチョコに口を付けた。甘さが口の中いっぱいに広がって、強張っていた体がほぐれていくのがわかった。体の奥から温かくなってきて、本当に魔法がかかっているようだ。そして、半分ほど飲みほしたころ、老婆は地図ができあがったと言って旅人に1枚の紙を渡した。旅人はその紙を受け取ってまじまじと見てみたが、どうにも地図にはみえなかった。 

「これは?」 
「これをポケットに入れて、真っ直ぐおいき。そうすれば日は暮れるが、ちゃんと着くよ」 
「そうですか?」 

旅人は不思議に思いながらも言われた通り紙をポケットにしまうと、ソファから立ち上がった。そろそろ出発しなければならない。老婆も立ち上がり、再び老婆の案内で部屋から出て、霧の中の廊下を進み、玄関へとやってきた。 

「いろいろとありがとうございました」

旅人はお礼を言った後、ふと気になったことを聞いてみた。 

「ここには一人でお住まいで?」 
「いいや、ここは孤児院でね。数十人ほどの子供がいるのよ」

 旅人は驚いてあたりを見回した。まったく人気のない静かな建物で、どうみても孤児院に見えない。

 「私にはちょっとばかり力があってね。彼らには自分と私の二人暮らしだと思わせているんだよ」 
「それは何故?」
 「簡単さ。私が親を独り占めしたい子供だったからさ」

 魔女はそう言うと突然、旅人を抱きしめた。すると途端に霧が晴れ、古いがきちんと手入れがされた館がよく見えた。館を元気に走り回る子供達の声が聞こえてくる。吹いてくる風には懐かしい花の香りがする。赤い服を着た子供がこちらに気付いて手を振っている。胸が苦しい。 

 「さあ、早くおいき。夜はすぐそこまできてるよ」 

ポンと背中を叩かれて、旅人はハッと気付いた。慌ててまわりを見回しても、もう白い霧しか見えない。先ほどの景色は何だっただろう。そう思った途端、ポタポタと涙がこぼれていることに気付いた。旅人は恥ずかしくなって、簡単に挨拶を済ませて館から飛び出した。白い世界をぐんぐん進んでいく。すると、急に吹雪になった。旅人は真っ直ぐ歩き続け、日は沈み、もうそろそろ足が上がらなくなってきた頃、小さな山小屋にたどり着いた。

 「すいません。旅をしているんですが、今夜泊めてもらえませんか」

 旅人が叫びながら戸を叩くと、戸が薄く開いて髭面の男が顔を出した。 

 「旅人かい」
 「はい、港町に行く途中なんです」

 すると、奥から恰幅のいい女が出てきた。 

「こんな吹雪の中大変だったろう。おはいり!」

 女は男をどけて、旅人を中に招き入れ、ストーブの前に座らせた。

 「あんた運がいいねぇ。今日は夕食を多く作りすぎてしまってね。ちょうど残ってるからお食べ。温まるよ。それにしても、道が全部雪に埋まってるっていうのに、よくたどり着いたね」 

そう聞かれて、旅人はハッとした。不思議なことにどうやってここへ来たのかまったく思い出せない。夢の中を彷徨っていたような気すらする。誤魔化すように適当に返事をしながらコートを脱ぐと、ポケットに紙切れが入っていることに気がついた。こんな紙をポケットに入れた記憶がない。その紙をよく見てみても、そこには不思議な模様がかかれているだけで、意味がわからなかった。 

旅人は紙を暖炉へ放り込んだ。 紙は灰も残すことなく消えてなくなった。



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